御嶽神社「社殿彫刻」

嶺の御嶽山と親しまれている御嶽神社は、嶺村ができた天文四年(1535)に創祀されたという説と、正保年間(1644〜48)峰村の代官伊奈半十次郎忠治が信州木曽御嶽山の神々を分祀したのが総祀であるとする二説があるが定かではない。
文政年間(1818〜30)には、木曽御嶽山の修験者一山行者によって、この神社が木曽御嶽大神の示現の社であることが明らかにされた。一山は寝食を忘れ神徳の宣揚に勤めたために、村民をはじめ関東一円に崇敬者が激増し、天保二年(1831)に現在の社殿を建立した(『御嶽神社と嶺一山講』)。
この社殿には『里見八犬伝』にみる「八徳の玉」にちなみ、「浦島太郎」「養老の滝」「司馬温公の甕割り」
「伯芽絶弦」「天辺雪落」などの和漢の物語・故事をモチーフとした木彫りが背面側面の八面にほどこされている。
作者は藤原篤意、製作年代は社殿と同じ天保二年という。
木彫りは「見る者の心を恍惚とさせる」(毎日新聞評)といわれるほど社殿彫刻として精妙な作品とされ、昭和四十九年二月大田区の文化財に指定された。
<鎮座地> 大田区北嶺町37-20